コースタル・ガスリンク・パイプラインで深刻な人権侵害
コースタル・ガスリンク・パイプラインはBC州モントニーで採掘したシェールガスをLNGカナダターミナルに運ぶため建設されるもので、全長670キロメートルのパイプライン建設地には先住民族の土地も含みます。運ばれたガスはLNGカナダターミナルで液化され、主にアジア市場に輸出される計画です。コースタル・ガスリンク・パイプライン事業には、みずほ銀行、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、三井住友信託銀行といった日本の民間金融機関が融資を行っており、LNGカナダ事業には三菱商事が出資しています。今年10月29日には国際協力銀行(JBIC)がLNGカナダ事業への融資を決めています(1)。
先住民族Wet’suwet’enは、彼らが伝統的に利用してきた土地や水源を守るため、事業に対し反対の声を上げ続けています。先住民族の権利はカナダの最高裁判所でも認められており、Wet'suwet'enの伝統的酋長らがその土地に対し権利を持つと認められています(Delgamuukwケース)(2)。しかし、パイプラインを建設するCGL社は先住民族の「自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意(free, prior and informed consent)」(FPIC)を取得せず、パイプライン建設を続けています。
2021年9月25日、先住民族やその地域に生息する動植物にとって重要な水源であるモーリス川(現地語:Wedzin Kwa)の下を掘削し、パイプラインを敷設するための準備が開始されました。Wet'suwet'enは大切な水源を守るため(3)、キャンプを張り、土地を守ってきましたが、この間にも平和的に抗議を行っていた先住民族やその支持者ら数名が逮捕されています(4)。
また、Wet'suwet'enは彼ら自身の伝統的な法に基づき、2020年1月、コースタル・ガスリンク・パイプライン社(以下、CGL社)に対し土地からの退去命令を発出し、立ち退きを求めていました。今年11月14日には、同命令を改めて発出しましたが(5)、CGL社は勧告を無視し、そのような勧告が先住民族から出ていることも従業員に伝えていませんでした(6)。重武装したRCMP(王立カナダ騎馬警察)は、2019年のBC州裁判所の差し止め命令を理由に、平和的に抗議する人々を次々と逮捕しています。逮捕者はすでに30名近くになるとみられ、11月18日に17名、19日に11名が逮捕されました(7)。また逮捕者の中には2名のジャーナリストも含まれています(8)。
こうした状況に対しては、国連人種差別撤廃委員会(Committee on the Elimination of Racial Discrimination)が、2019年12月13日付けで、Wet’suwet’enのFPICが得られるまで、コースタル・ガスリンク・パイプライン事業の建設を即時停止すること、RCMPやその他警察がWet'suwet'enの伝統的土地から退去すること、また殺傷能力のある武器の使用を禁止し、Wet'suwet'enに対するいかなる武力も行使しないことを保証することをカナダ連邦政府に求める決議を発表しています(9)。
現場での直近の状況を受け、国際人権団体であるアムネスティ・インターナショナルは、事態の深刻さを憂慮し、カナダ連邦政府、BC州、RCMPに対してWet'suwet'enの抗議者の人権を守るよう求める公開書簡を11月18日に発出しています(10)。アムネスティは書簡の中で、2019年の国連人種差別撤廃委員会による勧告を遅滞なく遂行すること、遮断されているコミュニティへの食料や薬の運搬などを妨げないことなどを求めました。
また、逮捕者にジャーナリスト2名が含まれていたことを受け、カナダ記者協会(The Canadian Association of Journalists)は公開書簡の中で、メディア関係者が逮捕されていること、またジャーナリストがモーリス川の抗議現場に近づくことをRCMPによって拒否されていることなどをあげ、報道の自由が侵害されている可能性を指摘しています(11)。米国・ワシントンに本部を置くジャーナリスト保護委員会(Committee to Protect Journalists,CPJ)も声明を発表し、ジャーナリスト2名が逮捕された事態に深い憂慮を示しています(12)。
JBICは先住民族と事業者との対話・協議が行われているとして融資を決定しましたが、その後、3週間も経たないうちに不可分一体の事業であるパイプライン事業に関連して、先住民族への人権侵害だけでなく、「表現の自由」や「報道の自由」といった基本的人権が脅かされている状況に陥っていることへの説明責任を果たすべきです。 さらにJBICは、同事業への環境レビュー結果の中で、「本不可分一体事業については、ESIA承認付帯条件の遵守状況及び先住民族との対話状況等につきモニタリングを実施する予定。」としています(13)。「先住民族の対話状況」が著しく悪化していることに鑑み、融資の貸付実行は停止し、融資決定の撤回も検討すべきです。
またパイプライン事業に関与する民間銀行(三菱UFJ銀行、みずほ銀行、SMBCグループ)はそれぞれ先住民族に関するポリシーを持っており、かつ気候変動に関するポリシーも持っています。先住民族の権利を著しく侵害し、気候変動対策にも逆行するパイプライン事業に融資し続けることは、各行自らのポリシーにも反しています(14)。
人権侵害のみならず、気候危機の観点からもこのガス開発事業は中止すべきです。現在、BC州では記録的な豪雨により非常事態宣言が出されています。州の公衆安全担当大臣もこれが気候関連災害であると述べており、被害への対策が急がれます(15)。カナダを含め世界中で気候危機の影響が拡大し、多くの人の命や生活が脅かされています。 11月前半に英国・グラスゴーで開催されたばかりの国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)でも、化石燃料事業の停止を加速していく必要性などが取り上げられ、パリ協定の1.5℃目標達成に向けて各国が気候変動目標を強化していくことが確認されました。
1.5℃目標達成のためには、これ以上新規の化石燃料事業への支援を行うべきでないことは国際エネルギー機関(IEA)によっても指摘されています(16)。COP議長国の英国は海外における化石燃料事業への公的支援を2022年までに停止する宣言を発表し、これにカナダ政府も署名しました(17)。カナダ政府は化石燃料事業の縮小の必要性を認める一方で、国内では化石燃料開発を続けています。
日本政府は2012年から2020年にかけて、化石燃料事業に対しG20構成国の中で最大の公的資金による支援を行っており(18)、歴史的に温室効果ガスを大量に排出してきた先進国としての責任を果たすどころか、気候危機の加速させています。
コースタル・ガスリンク・パイプライン事業及びLNGカナダ事業に関わる政府や企業は、現場で起きている深刻な人権侵害の状況について何ら対応をとらない、あるいは、沈黙し続けることが、人権侵害への加担に他ならないことを自覚するとともに、気候危機を加速させないためにも、これらの事業への関与をただちに停止し、撤退すべきです。
▼声明詳細
https://www.foejapan.org/aid/jbic02/lngcanada/211124.html
出典:
1. “COP26直前の日本によるLNGカナダ事業への融資決定に抗議―世界の流れは化石燃料支援ストップ”, 2021年11月10日, https://www.foejapan.org/aid/jbic02/lngcanada/211110.html
2. Supreme Court of Canada “Delgamuukw v. British Columbia” https://scc-csc.lexum.com/scc-csc/scc-csc/en/item/1569/index.do
3. “Wet’suwet’en Hereditary Chiefs Support Widzin Kwe”, 2021年11月19日, http://www.wetsuweten.com/files/Nov_19_2021_Support_for_Widzin_Kwe_Nov_2021.pdf
4. “Wet’suwet’en Blockades Erected To Stop Coastal Gaslink Drilling Under Sacred Headwaters” 2021年9月27日, https://www.ienearth.org/wetsuweten-blockades-erected-to-stop-coastal-gaslink-drilling-under-sacred-headwaters/
5. “Gidimt’en Evict Coastal GasLink from Wet’suwet’en Territory”. 2021年11月14日, https://static1.squarespace.com/static/5c51ebf73e2d0957ca117eb5/t/619168973821566fa355db65/1636919447456/PressReleaseDay50.pdf
6. The Tyee, “Coastal GasLink Failed to Warn Camp Employees about Blockade, Worker Says”, 2021年11月18日, https://thetyee.ca/News/2021/11/18/Coastal-GasLink-Failed-Warn-Camp-Employees-About-Blockade-Worker/?fbclid=IwAR2tCslDlz8WexHfR2bEEStVy4w_vsE6T5qzLJpGMiBKWYm-PRiKS1lNeSE
7. “Militarized RCMP Enforcement, Violent Arrests Continue on Gidimt’en Land Defenders”, 2021年11月20日, https://static1.squarespace.com/static/5c51ebf73e2d0957ca117eb5/t/61998d7941cd455c8f2bdec5/1637453178121/Gidimt%27en-Release-Nov-20.pdf
8. The Canadian Press “Two journalists among 15 people arrested by RCMP near B.C. pipeline worksite” 2021年11月20日, https://www.msn.com/en-ca/news/canada/two-journalists-among-15-people-arrested-by-rcmp-near-bc-pipeline-worksite/ar-AAQWyKz?ocid=st
9. Committee on the Elimination of Racial Discrimination, “Prevention of racial discrimination, including early warning and urgent action preceedure” 2019年12月13 https://tbinternet.ohchr.org/Treaties/CERD/Shared%20Documents/CAN/INT_CERD_EWU_CAN_9026_E.pdf?_ga=2.171294304.1158930249.1618 324061-1016472279.1618324061
10. アムネスティ・インターナショナル, ”Open letter: Amnesty International urges federal government, BC and RCMP to protect the rights of Wet’suwet’en land defenders”, 2021年11月18日, https://www.amnesty.ca/news/open-letter-amnesty-international-urges-federal-government-bc-and-rcmp-to-protect-the-rights-of-wetsuweten-land-defenders/
11. Canadian Association of Journalists, “Open letter to the RCMP about press freedom concerns in Wet’suwet’en territory”, 2021年11月19日, https://caj.ca/blog/Open_letter_to_the_RCMP_about_press_freedom_concerns_in_Wet_suwet_en_territory
12. Committee to Protect Journalists, “CPJ calls on Canadian police to release detained journalists”, 2021年11月21日, https://cpj.org/2021/11/cpj-calls-on-canadian-police-to-release-detained-journalists/
13. 国際協力銀行 “環境レビュー結果” 2021年10月29日https://www.jbic.go.jp/ja/business-areas/environment/projects/pdf/62412_51.pdf
14. “3メガバンクにLNGカナダ事業への融資拒否とパイプライン事業からの撤退を要請 – 先住民族への深刻な権利侵害と気候危機を回避する行動を!”, 2021年9月22日, https://www.foejapan.org/aid/jbic02/lngcanada/210922.html
15. Afpbb, “カナダ洪水で非常事態宣言、被災地に軍派遣”, 2021年11月18日 https://www.afpbb.com/articles/-/3376531?act=all
16. International Energy Agency,”Net Zero by 2050: a Roadmap for the Global Energy Sector”, 2021年5月18日, https://www.iea.org/reports/net-zero-by-2050
17. CBC, ”Canada to stop financing fossil fuel projects abroad by end of 2022”, 2021年11月4日, https://www.cbc.ca/news/business/bakx-cop26-fossil-fuel-subsidies-1.6236636
18. “日本はG20諸国の中で化石燃料への最も大きな資金源の一つ 日本の化石燃料への公的支援はG20で2番手にーエネルギー関連事業への公的支援に関する最新報告書が指摘” 2021年10月28日 https://www.foejapan.org/aid/eca/20211028.html