微細藻類の光認識機構と色素合成に関する新たな知見
理化学研究所(理研)科技ハブ産連本部バトンゾーン研究推進プログラム微細藻類生産制御技術研究チーム[1]の玉木峻研究員、鈴木健吾チームリーダー(株式会社ユーグレナCTO)、持田恵一副チームリーダー(環境資源科学研究センターバイオ生産情報研究チームチームリーダー)、光量子工学研究センター先端レーザー加工研究チームの尾笹一成特別嘱託研究員らの研究チームは、微細藻類のうち、ユーグレナ藻類の一種であるユーグレナ・グラシリス[2](Euglena gracilis、以下ユーグレナ)の色素(以下カロテノイド[3])の組成が異なる変異体をゲノム編集技術によって作出し、ユーグレナの眼点(光を感じる器官)における光認識に必要なカロテノイドを同定しました。
本研究成果によって、ユーグレナ体内のカロテノイドの機能およびカロテノイドを合成する経路に関する新たな知見が得られました。これらの知見は、今後有用なカロテノイドの生産に関する研究への貢献が期待できます。
今回、研究チームは高効率なゲノム編集技術を用いて、カロテノイドの合成に関連する二つの遺伝子、CYP97H1[4]とCYP97F2[4]のうち前者または両方を欠くユーグレナ株を作出しました。これらの株の眼点の有無、カロテノイド組成、光に対する運動性を解析した結果、眼点に含まれるゼアキサンチン[3]というカロテノイドが光方向の認識に必須であり、その合成にCYP97H1とCYP97F2が関わることを実証しました。また、微細藻類のうち、緑藻類[5]のクラミドモナス[5]は眼点に別のカロテノイドを蓄積していることが知られており、本研究から微細藻類の種類によって光認識機構が異なることが示されました。
本研究は、科学雑誌『Plant Physiology』オンライン版(1月25日付)に掲載されました。
【背景】
ユーグレナは「眼点」と呼ばれる赤色の細胞小器官で光の方向を認識し、光源に近づいたり、遠ざかったりすることができます。この遊泳方向の変化を「光走性」と呼びます。先行研究により、ユーグレナの眼点に含まれるカロテノイドが光走性に必須であることが示唆されていました注1)。
微細藻類のうち、緑藻類のクラミドモナスの眼点にはβ-カロテン[3]というカロテノイドが蓄積していることが知られていましたが、ユーグレナの体内に含まれるカロテノイドのうち、眼点にはどのカロテノイドが含まれるのか、また眼点のカロテノイドが光走性に対してどのように働くのかは分かっていませんでした。
注1) Kato S, Ozasa K, Maeda M, Tanno Y, Tamaki S, Higuchi-Takeuchi M, Numata K, Kodama Y, Sato M, Toyooka K, Shinomura T. Carotenoid in the eyespot apparatus is required for triggering phototaxis in Euglena gracilis. Plant Journal. 2020 101: 1091-1102. doi: 10.1111/tpj.14576.
【研究手法と成果】
研究チームは、ユーグレナに蓄積するカロテノイドの種類と光走性の関係を調べるために、2019年に開発したユーグレナのゲノム編集技術注2)を用いて、カロテノイドの合成に関連する16種類の遺伝子を一つずつまたは複数欠損させたユーグレナ株を作出しました。これらの株のうち、CYP97H1だけを欠損させた株であるCYP97H1ゲノム編集株と、CYP97H1とCYP97F2の両方を欠損させた株であるCYP97H1 CYP97F2二重ゲノム編集株の培養液はオレンジ色になりました。そこで、これらの株を顕微鏡で観察したところ、CYP97H1ゲノム編集株には眼点がみられた一方、CYP97H1 CYP97F2二重ゲノム編集株には眼点が観察されませんでした(図1A)。
CYP97H1とCYP97F2は、β-カロテンをゼアキサンチンに変換する酵素の遺伝子であることが先行研究から示唆されていましたが、CYP97F2についてはユーグレナ体内での働きが検証されていませんでした。そこで、野生株のユーグレナとゲノム編集ユーグレナ株、それぞれのカロテノイド組成を分析しました。野生株ではジアジノキサンチン[3]が主要カロテノイドであり、CYP97H1ゲノム編集株にはβ-カロテンやゼアキサンチンが含まれていました。CYP97H1 CYP97F2二重ゲノム編集株の主要カロテノイドはβ-カロテンであり、ゼアキサンチンは検出されませんでした(図1A)。
A) 矢尻は、カロテノイドで着色された赤色の眼点を示す。スケールバーは10マイクロメートル(µm、1µmは1,000分の1mm)。右上は培養液のフラスコ写真。
B) Aの実験より明らかになった、ユーグレナにおけるカロテノイド合成経路とそれに関わる遺伝子。β-カロテンはCYP97H1とCYP97F2の酵素反応によって、ゼアキサンチンに変換される。CYP97H1とCYP97F2は機能が重複しており、片方だけでも機能していればゼアキサンチンが作られるが、両方の遺伝子が欠損した株ではゼアキサンチンが産生されない。
最後に、ユーグレナの光走性を計測しました。眼点が観察される野生株やCYP97H1ゲノム編集株は光走性を示しましたが、眼点が観察されないCYP97H1 CYP97F2二重ゲノム編集株は光走性をほとんど示しませんでした(図2)。これらの結果から、眼点にβ-カロテンを持つ緑藻類のクラミドモナスとは異なり、ユーグレナの眼点の形成や光走性にはゼアキサンチンが必要であることが明らかになりました。従って、ユーグレナと緑藻類が光認識機構をそれぞれ独自に進化させてきたと考えられます。
A) 実際の計測の様子。顕微鏡のステージ上でユーグレナに青色LEDの光を当てる。
B) 濃い青色部分がユーグレナを閉じ込めた微小空間(2.5mm四方)。微小空間内の線は、ユーグレナの遊泳軌跡を示す。画像の下から上の方向に光を当てると、野生株とCYP97H1ゲノム編集株は主に微小空間の上側に分布したが、CYP97H1 CYP97F2二重ゲノム編集株は微小空間に偏りなく分布した。薄い青色の三角形は光の方向を、オレンジ色の丸はユーグレナ集団の重心位置(縦方向)を示す。
注2)2019年6月17日プレスリリース「ミドリムシでの高効率ゲノム編集に成功」https://www.riken.jp/press/2019/20190617_1/
【今後の期待】
本研究では、ゲノム編集でカロテノイド組成の異なるユーグレナ株を作出し、光認識にゼアキサンチンが必要であることと、その合成に関わる遺伝子を明らかにすることができました。
本研究から、微細藻類の中でも、緑藻類に属するクラミドモナスと、ユーグレナ藻類に属するユーグレナでは光認識機構が異なることが明らかになりました。この結果は、藻類の光認識機構の多様性や進化を考える上で重要な知見となります。
研究チームは、理化学研究所と株式会社ユーグレナの連携の下、ユーグレナ藻類を原料とした有用物質やバイオ燃料の原料となる油脂等の生産性を向上する技術を開発し、実用化を目指した研究に取り組んでいます。ゼアキサンチンをはじめとするカロテノイドは、食品、化粧品、医薬品といった幅広い分野に利用される、産業界からの需要が高い有用色素であり、本研究で明らかになったユーグレナ藻類のカロテノイドの代謝と機能に関する知見は、ユーグレナを用いた有用カロテノイド生産への応用が期待できます。
【論文情報】
<タイトル>
Zeaxanthin is required for eyespot formation and phototaxis in Euglena gracilis
<著者名>
Shun Tamaki, Kazunari Ozasa, Toshihisa Nomura, Marumi Ishikawa, Koji Yamada, Kengo Suzuki, Keiichi Mochida
<雑誌>
Plant Physiology
<DOI>
10.1093/plphys/kiad001
【補足説明】
[1] 微細藻類生産制御技術研究チーム
「産業界との融合的連携研究制度」(理研)により、2018年から株式会社ユーグレナとともに研究を進めているチーム。本制度では、理研と企業が一体となる研究チームを作り、社会的課題の解決につながる研究成果の実用化に取り組んでいる。
[2] ユーグレナ・グラシリス
田んぼや淡水の湖沼などに生育する微細藻類ユーグレナの一種で、古くから生物学実験に使用されている。本研究で用いた種は、大量培養法が確立されていることから、ユーグレナの中で最も産業利用に適しているとされており、さまざまな用途での利活用が展開されている。
[3] カロテノイド、ゼアキサンチン、β-カロテン、ジアジノキサンチン
カロテノイドは黄、オレンジ、赤色の天然色素で、植物や藻類の細胞内で合成される。ヒトは食事から、ニンジンのβ-カロテン(橙色)やトマトのリコピン(赤色)などのカロテノイドを摂取している。ゼアキサンチン(赤黄色)はトウモロコシに多く含まれる。ジアジノキサンチン(赤黄色)は植物にはなく、ユーグレナなどの藻類でのみ合成される。
[4] CYP97H1、CYP97F2
β-カロテンをゼアキサンチンに変換するβ-カロテン水酸化酵素をコードする遺伝子。生物の二次代謝や薬物代謝に関与するシトクロムP450(CYP)遺伝子ファミリーに属する。ユーグレナは、CYP97H1とCYP97F2の2種類のCYP97遺伝子を持つ。
[5] 緑藻類、クラミドモナス
緑藻類は、クラミドモナス、クロレラ、イカダモなどの微生物(微細藻類)とアオサなどの海藻(大型藻類)を含み、ユーグレナとは生物進化的に異なる生物分類群。クラミドモナスは、緑藻類のモデルとして盛んに研究されている。
【研究チーム】
理化学研究所
科技ハブ産連本部 バトンゾーン研究推進プログラム 微細藻類生産制御技術研究チーム
研究員 玉木 峻(タマキ・シュン)
研究員 野村俊尚(ノムラ・トシヒサ)(環境資源科学研究センター バイオ生産情報研究チーム 研究員)
テクニカルスタッフⅡ 石川まるみ(イシカワ・マルミ)
客員研究員 山田康嗣(ヤマダ・コウジ)(株式会社ユーグレナ 先端科学研究所所長)
副チームリーダー 持田恵一(モチダ・ケイイチ)(環境資源科学研究センター バイオ生産情報研究チーム チームリーダー)
チームリーダー 鈴木健吾(スズキ・ケンゴ)(株式会社ユーグレナ CTO)
光量子工学研究センター 先端レーザー加工研究チーム
特別嘱託研究員 尾笹一成(オザサ・カズナリ)
【研究支援】
本研究は、科学技術振興機構(JST)OPERA機能性バイオ共創コンソーシアム(領域統括:三谷啓志(東京大学)、JST/JICA SATREPS「微細藻類による二酸化炭素の固定と資源化によるエネルギーおよび食料資源の持続的生産システムの創出(研究代表者:持田恵一)」による助成を受けて行われました。